SDG's持続可能な開発目標を考える前に

この半世紀の間に、あまりにも便利になりすぎた事を先ずは見直せるのか考えてみた。

子供の頃、浅草に母方の実家があった時は、まだ豆腐や納豆売りが毎朝来ていたのを思い出す。

お婆ちゃん家へバナナのお土産を、八百屋で買って行くのだが、当然今のように袋などに入れてはくれない。

新聞紙に包んで渡されるだけだ。

豆腐なんかも、お鍋持参でそこに入れてもらう。

兎にも角にも、現在の様々な過重梱包には問題あるのではと、最近は感じていたのだ。

何もポリ袋やペットボトルだけの問題ではないはずだ。

スーパーで売っている肉や魚、お弁当なども過重梱包だ!

ゴミ箱の中で一番多いし、かさばるのがそれだ。

以前住んでいた埼玉県では、プラゴミとして分けていたが、ゴミ収集車はまとめて潰して持って行っていた。

なんで分けているのか意味不明だった。

今住んでいる地域では、プラゴミなどの仕分けは無い!

つまり、最終処分を考える前に、それら容器を使わないようにすべきではないのか?

生活を、昭和初期頃に戻ってみるべきだと思う。

そうしないと、この便利で当たり前の世界から本当のエコは生まれない気がする。