SDG's持続可能な開発目標を考える前に
2021年06月03日 19:45
この半世紀の間に、あまりにも便利になりすぎた事を先ずは見直せるのか考えてみた。
子供の頃、浅草に母方の実家があった時は、まだ豆腐や納豆売りが毎朝来ていたのを思い出す。
お婆ちゃん家へバナナのお土産を、八百屋で買って行くのだが、当然今のように袋などに入れてはくれない。
新聞紙に包んで渡されるだけだ。
豆腐なんかも、お鍋持参でそこに入れてもらう。
兎にも角にも、現在の様々な過重梱包には問題あるのではと、最近は感じていたのだ。
何もポリ袋やペットボトルだけの問題ではないはずだ。
スーパーで売っている肉や魚、お弁当なども過重梱包だ!
ゴミ箱の中で一番多いし、かさばるのがそれだ。
以前住んでいた埼玉県では、プラゴミとして分けていたが、ゴミ収集車はまとめて潰して持って行っていた。
なんで分けているのか意味不明だった。
今住んでいる地域では、プラゴミなどの仕分けは無い!
つまり、最終処分を考える前に、それら容器を使わないようにすべきではないのか?
生活を、昭和初期頃に戻ってみるべきだと思う。
そうしないと、この便利で当たり前の世界から本当のエコは生まれない気がする。