蕨変電所の火災

京浜東北線、宇都宮線、高崎線の赤羽〜大宮間がしばらく止まってしまった。

前日には、地震の影響で止まってた。

あの3.11、東日本大震災を思い出す。

あの時、営業としては最後の年だった。

大阪から東京に戻り、営業成果も上がらず、新たなビジネスの仕入れのために、東京ビッグサイトの展示会場からの帰りだった。

お台場海浜公園駅に、ユリカモメが到着したと同時に大きく揺れた。

それは車両が激しく揺れて、そのまま下に落下する程の勢いだった。

乗客はパニックになっていたが、私はまたすぐに動くだろうとそのまま乗っていた。

暫くして駅員が、下車して、駅からも出るように言ってきた。

地震の影響で、当面動かないと駅にシャッターが下りてきて、その場から追い出された。

近くで火災も発生し、人々は不安にかられたが、携帯も繋がらず、なす術が無かった。

私も何事が起きたのか、携帯のワンセグTVで知った後、待ってても埒が明かないと歩き出した。

そう、あの帰宅困難者の一人だ。

私は勝鬨橋を渡り、東京駅方向に歩いた。

道は大渋滞、バスもタクシーも満車だが動かない。

コンビニにも、置いてある食べ物はお菓子程度だ。

飲み物とお菓子をほうばりながら、ひたすら17号線を歩き続け、ようやく娘の携帯に繋がったのは、夜中。

途中、一部地下鉄南北線が動いてたので飛び乗り、高島平付近まで移動出来たのはラッキーだった。

戸田付近まで歩いて帰り、そこまでクルマで迎えに来てもらった。

しんどいなんてもんじゃ無かった。

翌日のテレビで津波映像を観て、開いた口が塞がらない思いだった。

もちろん、週が明けても電車は動かず自宅待機だ!

計画停電で、こんな状況の中では、普通の暮らしは出来ない。

都市部やマンション暮らしはこの時に嫌になった気がする。