伝えておきたい理由。

愛娘二人には、パパがどんなにボロボロになったとしても、絶対に世話をさせたく無い。
妻にも迷惑をかけるつもりはない。
何でこんなに過去の事だったり、言い訳じみた話を書いてるかというと、息子じゃなかった分、酒でも酌み交わして話できなかったし、今更だけど、知っておいて欲しかった。
こんな波乱万丈な人生を送ってきたという事は、確実に因果応報、そのツケが回ってくるんだよ。
死が近いと感じているというのもある。
決して体調は良くない。
この夏場は、ちょっと動けばそれだけで、すぐにでも熱中症とかで倒れそうな体力だし。
脳疲労を起こしているのも分かってる。

君たちのお爺ちゃんとお婆ちゃんが亡くなった時、それまでの数年間は結構きつかった。
直接介護していた訳じゃないけど、埼玉から多摩センターまで、毎週のように往復して、弱っていくサマを見てきた。
やってきたのは、両親の終活のための準備や断捨離。
二人はお互いに最後の一年間は、顔を合わせることなく別々の病院で息を引き取った。
互いに認知も進んでいたし、可哀想な事をしたと思ってる。
やっぱり息子としても辛かった。
その事で呼び寄せた兄貴にも迷惑かけちまったし。

そういう経験から、面倒を見るというのが、いかに大変かという事は分かっているつもりだ。
だから、あえてすぐに逢える環境から決別し、田舎を作って、遊びに来てもらうという楽しみに変えたんだ。
本当は孫の近くで、いつでも逢える環境も選択肢としては「無し」では無かったんだけど、それはイコール何かあった場合は、すぐに面倒かけると言う事だし、過去に二度ほど倒れて、病院に連れて行かせたりしてたしな・・・。
だから遠い所に移り住んだのさ。
でも、移り住むには仕事がなければ無理だった。
仕事がある事に感謝し、いつか孫たちにジージの家に行きたいと思わせたい。
簡単に逢えないのは、このコロナで寂しいのは痛感してる。

でも、だからこそ覚悟は出来てるし、ボロボロにはならないまま、ポックリ逝きたいと思ってる。
どうせなら流行りに乗って、コロナで逝ってしまうのも有りかとも思ってる。
バカな政権の無策によって、感染は爆発しているし、医療が逼迫していて自宅療養と言われているが違う、何の医療も受けられないのだから、ただの自宅待機。
つまり、肺炎が加速し、血中酸素濃度も低下し、食事も満足に摂取できず、脱水症状を引き起こし、急変して死ぬのを待つだけだろう。
呼んでも救急車は来ないし、来たところで病院には空きがない・・・。

そうなると、パパの事色々書き残しとくのがいいと思ってさ。
死んでから、そう言えばあの人の事何も知らなかったってのが普通だからね。