今日から彼岸の入り

毎年墓参りに行ってたのだが、この田舎に住むようになってからは、遠すぎて行ってない。
仏壇で供養するだけだ。
いつか、墓じまいをしないとと考えている。
墓守を継ぐ者が居ないし、私が生きている内に永久供養墓に移さないとと考えている。
山口県にある、美和家本家の墓参りしたときに、山の中で朽ち果てるように佇んでいたのを覚えている。
誰が管理してるのか、してないのか?
掃除だけはしてきたけど、土地の管理者も恐らく困ってるのではないでしょうか?
そうならないように、両親の墓は、なるべく早くそうしたいと考えてます。

仏壇の方には、お供えとしておはぎを用意した。
おはぎとぼたもちの違いを理解してない人が多くなったのも、そういった墓参りや仏壇を持たない、全く無宗教で、そういった事を習慣としてない人が増えたからだと思う。
秋に咲く萩の花、春に咲く牡丹の花、同じお供えモノでも、春のお彼岸と秋のお彼岸では、呼び方が違う訳で・・・。
お盆などでも、何故、茄子とかキュウリとかに脚を付けてお供えするのかとか、だんだん日本の文化も消えていくのかも知れません。
神棚にしても、飾る位置や方角があるように、仏壇にしても、宗派によってとか、向きが違うというのも、宗教そのものから遠ざかってしまっている若い人は、知らないのではないでしょうか!?
南無阿弥陀仏とか、南無妙法蓮華経とか、般若心経の仏説摩訶般若波羅蜜多心経ってナニ?
疑問にすら思ってないのかも知れませんね。
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色とか、聞いたことあっても、意味など知らないのでしょうね。
キリスト教でも、仏教でも良いので、なるべく知るところから始めた方が良いと思います。
良い教えだったり、心が救われたりと感心できることも多いと思います。
私の小説「武士道シンドラー」では、お釈迦様が説かれた八つの修行、八正道(はっしょうどう)が、正義を行うためには必要な教えだと書いてます。
信者になることと、知ることは違います。
知識だけはつけておいて、人生に損は無いと考えます。