一番最初の給料
どのくらいの期間やったのか、全く覚えてませんが、新聞配達でした。
中野区に住んでて、中学一年生の時だったと思います。
当時は、新井薬師公園側にあった、読売新聞の販売店で、薬師銀座商店街を中心に配ってた気がします。
薬師銀座商店街は、新井薬師から、中野駅方向に向かって、中野ブロードウェイの手前までの商店街です。
自転車で配達していたと思いますが、やたら走った記憶もあるし、指サックはめて、新聞にチラシを詰めていく作業もしていた記憶がありますネ。
最初の給料は、カットガラスでブルーのシチズン製腕時計を、自分へのご褒美として買った記憶があります。
新井薬師公園にはひょうたん池があり、新井薬師寺の境内では、毎月8がつく日に、8の日縁日が私たち子供にとって、楽しみだったのを覚えています。
今ではもう見られなくなった、バナナの叩き売りとか、お好み焼きの屋台には、僕ら貧乏人の子供に人気の「パンかつ」なるものがありました。
食パンを小麦粉液に突っ込み、ただ焼いてソースで食べるだけのもので、10円で買える、腹減り少年にはとても美味しくて貴重な食べ物でした。
新井薬師寺の境内では、コマを回して手に載せた状態(手のけ)で、いわゆるリレーをして遊んだりしてましたね。
メンコやビー玉、ベーゴマなど、缶蹴りや鬼ごっこ、隠れんぼなど、とにかく日が暮れるまで外で遊んでました。
ブロードウェイは、まんだらけとかが有名ですが、ゲームセンターなどもあって、一番最初の喫茶店体験も、2階にあったエーライセンスと言う店でした。
中野は、今でも自分の中では、地元であり、少年時代のいい思い出の場所なのです。
ちなみに一番最初の試写会というのも、自分が当てて友人を誘って見に行った、サンプラザ中野で上映された「燃えよ!ドラゴン」だったのもよく覚えてます。
私も友達も、サンプラザの前で、「アチョ・アチョ・アチョー!」とか、ブルース・リーになりきってた覚えがあります(笑)
ヌンチャクも買いました。