あれから11年

あの日私は、営業として最後のネタ探しのために、国際展示場で新しい商品探しの帰り道だった。

ユリカモメがお台場海浜公園駅に停車して間もなく、もの凄い揺れに襲われた。

客車は大きく激しく揺れて、まるで爆撃でも受けたかの印象だった。

そのまま下に落下しても不思議ではない揺れだった。

何が起きたのか分からなかった。

とりあえずそのまま乗っていたが、アナウンスと駅員によって、駅から追い出された。

その後、携帯のワンセグTVで全てを知り、帰宅難民と化した!

何とか辿り着いた翌日、繰り返される津波の映像に愕然となり、何が自分に出来るのか一生懸命考え、テント二張とシュラフ4つを、翌日の日曜日に、募集しているNPOに向けて送った。

出来たのはそれだけだった。

仕事も電車が止まっていた事もあり、自宅待機するしかなかった。

私達は自然災害であっても、今回のロシアの暴走や中国、或いは北朝鮮の暴走についても、何も出来ないのかも知れない。

それも含めて、ガイア理論で言う、互いに引き寄せられた作用に過ぎないのかも・・・。

被災地には、追悼の意を個人としても祈りたいが、収まらない地震や噴火、感染症やこのような考えられない紛争!

追い詰められたロシアの暴走は、最終破壊兵器である、戦略小型核ミサイルをキエフに向けて発射するかも知れない。

誰かが言ってたように、ブルータスの存在を待つしか無いのかも知れないね!